恐怖による教育

中国産の食品リスクが大きな問題になっていてきちんとしたメディアからたくさんのニュースが出てきている中で、見てきただけ、聞いただけ、感じただけのエントリだ。正直なところ意味があるかどうかわからないけど、今書かないといつまでも書けないような気がしたので書くことにした。

おととしから昨年にかけて、合計で三ヶ月ほど中国に滞在したが、衛生面で多くの日本人よりも進んでいるポイントがあった。メディアでは紹介されていないが、ともに飯を食い、同じトイレを使わなければ気づかないことかもしれない。食事の前、トイレのあと、彼等は必ず石鹸で手を洗う。特に、トイレのあとは小用でも必ず石鹸をつかう。エリートも、工事現場のおっさんも、浮浪者っぽいのもみんな石鹸で手を洗う。
清潔にしてるんだね、と言葉を向けると「伝染病が怖い」という答えが得られるはずだ。ここで彼等がいう伝染病は鳥インフルエンザだが、生きた鳥が市場で売買される中国では、リアルに死を感じる伝染病なのだろう。気になったのは、その恐怖をどうやって伝えたのかってことだった。

短い滞在で、しかもオウム返しな中国語しかしゃべれないので残念ながら鳥インフルエンザの恐怖がどうやって伝わったのか知ることはできなかったけれど(だいたい、中国に行った目的はCGの教育だ。取材じゃない)、別の恐怖を伝えているところは何度も目にすることができた。

杭州と上海を結ぶ高速道路のサービスエリアに並べられたプラズマディスプレイで交通事故の映像を流していた。日本でもよくあるコンテンツだが、内容の凄絶さは交通ルールを守らないことの恐怖を伝えるのに十分以上のものだった。
全身がばらばらに引きちぎられる子供、内蔵を引きずりながら逃げているところをひき潰されるライダー、はみ出した荷物で首が刎ねられる歩行者。ほとんどがフルカラーで、街頭の固定カメラで撮影されたホンモノに見えた。
この凄絶な映像を身じろぎもせずに見ている子供を見た時、恐怖による教育が行われているのではないだろうかとはじめて考えたんだ。

話題になった水質の映像も酷いものだった。テレビで流れていたへドロの浮いた浄水場の映像には、絶対に聞こえないはずのゴボゴボいう気持ちの悪い音が被せられていた。翌日、スタッフたちは普段買わないミネラルウォーターを買っていた。

怖がらされればいう事を聞くってのは程度が低いようだが、私らだって水俣病の映像なしで公害の怖さを知れたかどうか怪しい。

わたしが滞在していたホテルでは、何度も安徽省の食品安全性に関するカンファレンスが行われていた。彼等だって安全に無関心じゃあない。きっと手をうとうとしているはずだ。ただその手段は、日本人が期待している啓蒙によるものではなく、恐怖ではないかと個人的には思ってる。
水俣病のような、恐怖の象徴となる事件が発生するのを待っている、という気がしないでもない。